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序 章
雪がしんしんと降る冬の日、ある一人の少年が
隠り世へと誘われた。
真冬には似つかわしくない暖かな風と、春のような
優しい光を瞼越しに感じる。
長い間石畳に転がっていたのだろう、少し体が痛む。
瞼を開け、重たい体を起こし、辺りを見回す。
見渡した辺り一面は満開の桜が咲いており、桜並木のようになっていた。
どうやら、桜並木の終着点は神社に繋がっているようだった。
明らかに現ではない幻想的な光景を訝し気に眺めていると、
後ろから知らない少女の声がした。
「ようこそ、お参りくださいました。」
突然の背後からの声に驚き、そちらへと振り返る。
そこには、巫女装束を纏った少女が目を細め、
ものさみし気に笑っていたのだった。
ここは隠り世、死後の世界。
少女からそう告げられた時、恐怖や絶望よりも、安堵を覚えた。
もう、全て終わったのだと。
やっと、あの生き地獄から開放されたのだと。
来世を代償に、なんでも願いを叶えられる。
そう言われ、考え込んだ。
来世を代償にしてまで、叶えたい願いなんて無かったから。
「願いを持たぬ不帰の客、貴方をうちで雇いましょう。」
少女の思いつきによって決められた自分の今後を不安に思いつつも、
差し出された少女の手を取ってしまったのだった。
これは、美しく儚い隠り世へと誘われた、
ある少年の異世界奇譚。
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